「清水の舞台からもう一度」

四日目(その一)


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カラン・・・コロン・・・
京都の古い街並みの静けさの中を、ここちよい音が響いて駆け抜けていく。
石畳に一定のリズムで打ち付けられる下駄が奏でる音はまるで音楽のよう。
その音の主である舞妓が2人、雨も降っていないのに傘を差しながらゆっくりと三年坂を下りてくる。

「綺麗・・・・・」
彼は思わず立ち止まり、舞妓を憧れのまなざしで見つめる。
美しい衣装ももちろんだが、その完璧なまでに端正さを追求した化粧や、髪型に心奪われる。
そんな彼の様子に気がついて、二人の舞妓は微笑みを彼に投げかけながら隣を通り過ぎていく。
「’のん’も、ああいう化粧をしたら、あんなにきれいに見えるかのかなぁ?」
彼はそうつぶやいた。


「お〜い、健ちゃ〜ん」
背後に小学生の女の子のような幼い声を聞いて、彼は振り返った。
重たそうな剣道着入れと竹刀を担いだかわいらしい女の子が、石畳の坂を上がってくる。
「愛ちゃん」
彼女に向かって彼はそう声をかけた。
「またやっ!」
彼女は彼の言葉を聞いたとたん怒った表情になった。
「え?・・・あっ、違う違う。河合河合、えへへ・・・」彼は笑ってごまかす。
「えへへちゃうわ。もうこの前から私のこと誰と間違えてんのんよ?私は河合さやか。幼馴染の名前を間違えるなんて最低やわ」
彼が彼女の名前を間違えるのも実は無理はない。なぜなら今目の前にいるさやかは、彼の知っている『高橋愛』という名の女の子にそっくりなのだ。瓜二つと言っていい。
だけど、そんなことは露知らぬさやかは、ただほっぺを脹らまして彼のことを睨んでいる。

「違うの。あのね、’かわい’が’かわいちゃん’になって’あいちゃん’って言うね」
彼は笑いながら苦しい説明をした。だがさやかは、怪訝な表情をしたままだ。
「健ちゃんやっぱこの前からおかしいよ。今日の剣道の試合も1回戦負けやなんて・・・・いつもやったら負けるような大会とちゃうのに」
「えっと・・・・なんか調子が悪くて・・・・」
調子が悪いもなにも剣道なんかやるの始めてなんだもん勝てるわけがない、と彼は心の中で思った。そもそもルールだってよく知らないのだ。
「それにまた言葉遣いも無茶苦茶やん。標準語やし女の子っぽいし・・・・」
「えっと・・・・ほらそれは・・・・この前まで東京のお父さんのとこに行ってたからうつっちゃって・・・・」
「ふ〜ん・・・」
さやかは納得いかないという表情のまま彼を見る。
そして彼もまた、その中性的な顔をひきつらせたまま、さやかを見返す。

「なんかおかしい。健ちゃんこの前から別人みたいやわ」

せいか〜い。
彼は心の中でそう叫んだ。
そう、今ここにいるのはあなたが思ってる健ちゃんって子じゃないんだよ。
本当の名前は辻希美。あだなは「のん」だったり「のの」だったり。17歳の女の子で、東京に住んでいて、これでも歌手をやっていて・・・・。

彼、いや、希美は、つい3日前の出来事を思い返した。
どうしてこんなことになっちゃったかというと・・・・。


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