更新メモ
個人的に思ったこと書いてます。文章にするとなんか偉そうな感じで恥ずかしい(^^;)文章力無くてごめんなさい
〜自分の子どもを通して理解した、個人的な理解ですので、多くの方には当てはまる話ではありません・・m(_ _)m〜

’06.9月 GoogleMapで、今まで出かけた場所で良かったところを作ってみた。空港写真で大自然を見てるとあきないです。
’06.5月 我が家でのリタリン服用の量と副作用については、2001年の最初の日記ページに書いてありましたが、随分前のHPリニューアルの時に削除していました。小6でリタリン終了となったので、リタリン服用初めから、いったん終了までのことを、リタリンと多動と衝動性のことで書いたページに、追加
’06.1月 掲示板を統合して、ログを整理した為に、同じ日付になってしまってます.o(_ _)o

’05.10〜12月

多忙な日々から開放され、やっと約3年ぶりにサイト内を修正・・・・、サイト修正は良いのだが、とんでもない時期に、何度もサイト内の変更をしていました..しかも、1年前に、URL変更になったばかりなのに...でもこれも自分の勉強不足のためだと思っています.仕方ない..

--’03.3月から05年10月くらいまで、多忙の日々・・・。自分にとっては気持ちが荒む関係が続く。
何も身になることはなかった。そして過去の嫌な想い出まで再燃することが多くなってきて、精神状況が悪くなり、やっかいな新たなトラウマを抱えてしまった。----

’04.12 HPサーバーのURLが変更になり、多くのリンクがリンク切れに...
’02.12.15 学習についての学習日記で、漢字練習のこと、参考になる書籍・ソフトを追加
’02.11.5 重複する発達障害(ADHD/LD/高機能・アスペルガー/非定型自閉症)?? について思ったこと
’01.06. ADHDとLDのサイトとして、ネットに公開し始める
’01.04.

2001年に仕事を再開と同時に、接続料金が安くなってきたインターネットをやっと使うことに・・。
幼児期からの育児を通して、感じたこと、思ったこと、考えた事を、ADHD/LDのサイトとして、HPを作成しはじめた。

たぶん、子供が診断受けてなかったら、CGIのほんのちょっとだけ改造とか、テンプレートとかそういった自分の好きにやるカスタマイズ中心のサイトやっていたと思う。

1996年3月〜2001年まで

在宅の仕事でパソコン通信でデータを送ったり、一般家庭でインターネットを最初に使えたMACを持っていましたが、子供が診断されてから、仕事を一端辞めました。(私の地域では、保育園は満杯状況だったんです)当時は、インターネット接続料金も高かったのもあり、ネットにはなかなか手を出さなかったなぁ(^^;)長年関わってきたPCから離れ、PCは子供の教材用に・・・(苦笑)

「らすたぁちゃんとあそぼ」とか「ポンキッキーズ1〜4シリーズ(ジャストシステム)」とかのエデュテインメント・ソフトで、子どもはPCで遊んだりしてました

1996年3月

1996年3月に療育を始め、1996年8月頃、診断を受ける。当時、LDについては一般書籍で読めるものが数冊ありました。ADHDについては、「落ち着きのない子どもたち(鈴木出版)1995年初版」を本屋で見つけ、ADHDを知りました。2年後に1997年に「のびたジャイアン症候群(主婦の友社)」が出て、ADHDが更に知られてきました。


このサイトについて

個人的に思ったこと書いてます。文章にするとなんか偉そうな感じで恥ずかしい(^^;)文章力無くてごめんなさい
〜自分の子どもを通して理解した、個人的な理解ですので、多くの方には当てはまる話ではありません・・m(_ _)m〜

息子が幼児期で診断されてから、療育の日々でした。ひとりっ子だったので、いろんな人と関わらせたいと思いながら、地域の育児サークルやコミニュティなどに色々と頑張って参加したりしましたが、傍若無人で多動な息子に対し、冷めた視線を受けることもしばしば・・(ーー;)

。暖かい眼差しの場所で安心して参加できたのが、療育の場でした。そこで個性的で楽しい色んな子ども達とお母さん達に会い、ADHD(ADD)/LD/広汎性発達障害・高機能自閉症・アスペルガーという発達障害を理解していきました。

ADHD(ADD)だけだったり、アスペルガーだけだったり、LDだけだったり・・・、ひとつだけの診断というより、ADHDとLDを重複していたり、アスペとADHDを重複していたり、みんなそれぞれ色んな診断名をもらっていました。初めて診断された時というのは、どの親御さんも、悲しんだり・・、受け入れたくなかったり・・、これからどうしたら良いか途方にくれたり・・、辛く、苦しい気持ちを体験します。

そして診断名をレッテル張りだとは思わずに、子供を理解する上での参考になるものとして受け止めるようになり、.診断や検査は、何かを知ったり、理解する為の入り口にしか過ぎず、診断名や検査は、理解する上での参考資料や、ヒントとなるものだったりするというように、障害の受容とは別に、○○という診断名に対しての、考え方が変ってきたります。

なので、ADHD/LD/広汎性発達障害・高機能自閉症・アスペルガーという、診断名がたくさん出てきますが、診断名は、行動や状況や状態をを簡単にしめす為の大きな総称でしかなく、主役は、色んな特性/個性を持った子どもがいるということ、それを思いながら、つたない文書で書いてます。

幼児期に多動で言葉もうまく話せないという子どもの発達の現実に気づいたとき、言語理解が乏しい息子を、どう育てたら良いか不安に思っている時に、「心をことばをのせて」という中川信子先生の本を読み、
体験を通じて言葉の遅れを持つ子どもの関わり方として

側にいて見守るように、子どもの感性や感情を感じながら、一緒に関わっていく
今その子が言っていること、今まさに言わんととしていること、まだ全然言えないことも、全部聞こうとする聞き方・・・という関わり方を知り、どうして良いかわからない私に、まずは、子どもの感性に添うことから始めれば良いんだ・・と思ったら、ずいぶんと気持ちが楽になったような気がしました。


子供と色んな体験を通じて子育てしていると、子どもの心は、常に色んなことに感じて動いていること、心は育つものだということを実感します。。何かの枠に決め付けてしまうということは、とても狭い考えだと感じます。。子どもたちの、色んな特性/個性を持っているというのは、それだけたくさんの可能性を持っているから、診断という枠におさまらないのだと感じています。。

このサイトの内容は、私が自分の子どもを通して理解したことであって、多くの方に当てはまるわけでもなく、多くの情報の中のひとつとして、また、色んな子がいて、その中で、ぶーにゃさんは、自分の子どもを通して、言葉の発達や、感覚統合や、ADHDや、LDなどを、理解していったんだな・・と受け止めて頂ければ・・と思います。

管理人は、作文が苦手なので、文章がちょっとおかしかったりします。感受性はやたらと強い性格なのですが、文章に感情を入れると、文がテンデンバラバラになったりします。。少しでもまともな文章にしようとすると、今度は、単なる説明文になっていたりします。。時間があるときに、違和感ある文章は直すように気をつけていますが、つたない文書を読んでくださりありがとうございます。
o(_ _)oペコリッ


−−息子の幼児期の言語発達遅滞と、認知面のアンバランスから、言語性LD(主に聴覚認知系のLDについて)への理解をしてきた経緯での、あくまでも私個人のLDの理解です。。−−


(最近思うこと)
ADHDやLD、AS/広汎性発達障害などまだまだ世間に受け入れられていなかった1996年。うちが診断された時期。それからもう10年以上は経った。その間にADHDやLD、AS/広汎性発達障害への特別支援教育もできた。特別支援教育は勝手に出来た法じゃない。もう何年も親達が、関係者団体が、頑張って法まで持ってきたものだ。辛抱してきた年数があるからわかる。何でもかんでもやってくれるのが当たり前、理解してくれるのが当たり前じゃないんだって・・・。

そして何か新しいシステムが出来るには、人材がいる。その人材への人件費は誰が払っているのか?私達だけが税金を払ってるのではない。ご近所のあのちょっと意地悪なあの人からの税金の中からも支払われている。みんなの税金の中でまかなってる。だから、周り回って皆にどこかでお世話になってるんだ。

子育ては辛いし、しんどい。でも、子供の小さな成長でも喜びが大きい。謙虚さをとても学ばせてもらってる。人にわかってもらう事がどれだけ大変かわかるからこそ、人の優しさを感じる事が出来る。何でもかんでもやってくれるのが当たり前、理解してくれるのが当たり前じゃないんだって・・・。

特別支援教育が出来る何年も前。学校や世間で理解されない、苦しい我が子、親としても苦しい。そんな毎日の生活の中で理解を求めて、いつかは法としてきちんと教育や支援で認められることを望んだ。。。これを実現してきた人たちの辛抱や努力を忘れたくはない。勝手に出来上がった法じゃない。何でもかんでもやってくれるのが当たり前、理解してくれるのが当たり前じゃないんだって・・・。